実録・毒キノコ喰ってみた

※よい子のみなさんは決して真似しないで下さい!


みなさんはベニテングタケというキノコをご存じだろうか.

鮮やかな赤色のキノコで,毒キノコの代名詞として知られている.

 

ところが,このキノコの毒成分たるイボテン酸という物質が非常に美味であるらしい.

山歩きを趣味とする友人によると,「みんな食ってる.一人一本なら何の問題もないし,美味いぞ」とのこと.

 

 

さらに.

イボテン酸のもたらす効果に「精神錯乱」というものが含まれている.

早い話,トリップである.

 

その昔,勇猛さで知られたバイキングは,

戦争の際にベニテングダケを食べて戦意を高揚させた,

なんていう説話があるそうだ.

 

 

また,友人の話によると,

調子に乗って酒と共にベニテングダケを三本食したとある人は,

突如としてケタケタと笑い出したまま延々三時間止まらかったという.

 

……これは面白そうだ!

私は大いに興味を引かれ,キノコに詳しい後輩に採集を依頼していた.

 

 

 

そして,しばらくして.

後輩は,「ベニテングダケは見つからなかったんだけど……どうしましょう?」

と,私に一本のキノコをくれた.

 

それが,テングタケであった.

ベニテングタケに近い種類で,こちらは地味な褐色のキノコである.

本で調べてみたところ,毒成分はベニテングダケと同じらしい.

 

「じゃあこっちでもいいや!」

とばかり,早速食してみることにした.

 

巨大なマッシュルームといった形のテングタケに竹串を刺し,

弱火でじっくり炙る.

 

笠の部分からジワジワとこぼれるしずくがコンロに落ち,

ジュワっと音を立てるたびに香ばしい香りが立ち上る.

これは本当に美味いかも!

そう期待させるのに十分な香りであった.

 

数分後,こんがり焼き上がったテングダケ.

おっかなびっくり囓ってみると――

「んまぁぁぁい!」

これが,非常に美味なのである.

笠の内側一杯に蓄えられたキノコの汁が,口の中一杯に広がる.

それはさながら,極上の澄まし汁を濃縮したような旨味であった.

 

そして,歯を当てるとさくっと裂ける繊維の食感もまた,秀逸.

夢中になって,一本丸まま頬張った.

 

 

至福の食後感を味わい終え,

チャットをしながら,テングタケの食味について大いに語った.

 

そこで教えてもらったネットの情報によると,

二十分〜二時間後に「来る」のだとか.


興味を惹かれた私は,さらにネットを徘徊して

テングダケの毒性および中毒時の対処法について情報を収集する.

 

 

「泥棒を捕らえて縄をなう」とは,まさにこの事を言うのであろう.

……が,私の場合,むしろ

「暴行未遂犯を捕らえて縄をなう」

と言った方がより正確な表現かもしれない.

縄をなうのに失敗したら,即座に反撃>バッドエンドである.

 

 

……ネットの海は,情報の魑魅魍魎で溢れていた.

「食える」「美味い」という表現を押しつぶさんばかりに溢れ出る,

「猛毒」とか「危険」とか「死」とかいう文字.

「いやぁ,実際『普通に食ってる』て聞きましたしー」

チャットで軽口を叩きながらも,内心ドキドキものの私.

 

 

そんなこんなでネットサーフィンを繰り返すうちに,

私は複数のHPで述べられている,とある情報に辿り着いた.

「テングタケはベニテングダケよりも毒性が高い」

「テングダケの場合,ベニテングダケのようにハッピーにならず,苦しむだけである」

 

ここに至り,冷や汗が背筋を伝った.

――もしかして私は,ザクと間違えてシャアザクに喧嘩を売っていたのではないか?

 

その時点で,食後一時間半.

湧き起こる不安を必死で止める.

大丈夫……あと三十分無事なら,この戦は私のものだ!

無駄な戦もあったものである.

 

 

そして,

残り二十分……

十分……

……ゼロ.

 

 

無事に二時間が過ぎ,ほっと一息ついた.

あからさまに不満の声を漏らす,チャットルームの皆々様.

「そんなに人の苦しむ様を見たいか!」

そんなベタなやりとりをしつつ,

期待に添えなかったことをちょっと残念がる私は

心底ネタ職人だと思った.

 

なんやかんや言って,緊張していたのであろう.

机に向かったままの姿勢で,しばし居眠りした.

 

 

 

 

そして,さらに三時間後.

 

 


きた.

 

 


くわぁぁん,という目眩と共に目覚める.

立ち眩みをおこした時のように,視界の端が暗くなっている.

脳内の血管が軒並み収縮したような感覚.

これが「視野狭窄」ってやつか!

 

(ああ,これは……)

多分,軽くバッドトリップだ.

 

全然ハッピーでない.

明らかにアンハッピー.

バイキングがベニテングダケでなくテングダケを食べてたら,

彼の民族は歴史に名を残していなかったであったろう.

 

 

頭の中が軽く渦巻いている.

こめかみを押さえて目眩と頭痛に抵抗してみるが,

十数分しても一向に収まる気配がない.

どうやら,吐き気もあるようだ.

残念ながら,幻覚は見えない.

 

 

(ああ,これはけっこうツライかも……)

とりあえず,トイレで吐けるだけ吐いてくる.

洋式便所の中にプカプカ漂うテングタケの笠が,もののあはれを誘った.

 

流しで水をがぶ飲みする.

この手の毒物は,とにかく水分を摂取して

上からでも下からでもできる限り早く排出するに限る.

 

腕時計で時間を確認した.

食後,約五時間.

結構な量の毒素が体内に吸収されてしまったろう.

……長期戦を覚悟した.

 

 

とりあえず,三時間ぶりに書き込む.

「キター!」

沸き上がるチャットルーム.

即座に反応してくれる皆さん,心底素敵です.

 

 

机に座っていると,頭部に血が回りにくくなるのか

目眩と頭痛が酷くなる.

にも関わらず,

チャットによるバッドトリップ生ライブを試みる

サービス精神満点な私.

 

しばらくの後ギブアップし,

おとなしく寝転がって,頭痛と悪寒に耐えた.

 

 

 

一時間もすると,尿意を催した.

トイレにて力無く小便を放出すると,

もうもうと立ち昇るキノコの香り.

毒素が排出されているのであろう,良い傾向である……が,

キノコ臭に軽く吐き気を覚える.

どうやら,私の脳が「キノコ=毒物」という

誤った学習を成立させてしまったらしい.

 

立ち歩くことで増す頭痛と悪寒をこらえながら,再び水をがぶ飲みする.

その後,大体一時間ごとに尿意を催し,

そのたびにキノコの香り高い小便を排出しては水を大量摂取する

というサイクルを繰り返した.

 

 

……結局,そのサイクルを十回近く繰り返し,

ようやく平常を取り戻した.

日はとうに天高く昇っている.

つまり,半日近く苦しめられたことになる.

 

 

 


結論:

テングタケはやばい!

 

次こそはベニテングダケで!(懲りない人間)


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